どうして私が・・・

1.自己紹介 埼玉県在住、1954年岐阜県に生まれ56歳です。51歳のとき認知症と診断される。大学の数学科を卒業して、中学校の数学の教員をへてコンピュいーター会社に就職、27歳のとき別のコンピューター販売会社に転職してシステムエンジニアーとして活躍する。     昭和61年マンションを購入、133戸のマンション管理組合の理事長に就任、マンション管理会社がでたらめな管理をしているのが、発覚したので、マンシュン管理組合臨時総会を開き、管理会社を変更する。管理組合の活動と会社の労働組合の活動、本来のシステムエンジニアの仕事で多忙をきわめ、突発難聴で1週間聴入院になり社内システムの開発事業に配置転換後事務職に配置転換される。  配置転換後仕事にやりがいを失い、「人生の目的をもとめ」教会にかよいはじめるようになり 94年に洗礼をうけクリスチャンになりました。 2.認知症と診断されるまでの経緯 99年ごろから課内会議の議事録がかけなくなる。99年ごろ同時に二つに仕事ができなくなった。具体的には、1時間おきに倉庫に注文書をFAXする仕事と同時にパソコンに向かい、パソコン、FAX,ワープロの発注データ入力がしていたが、FAX送信が定時のおくれなくなりました。 1999年3月に体の異変を気づき頭部MRIをとるが、当時は異常なしと判断されたが、2005年に別の病院で見てもらうと、このときすでに脳に萎縮がみられる96年ごろより、脳の萎縮がはじまったのではないかといわれる。 入力データの一次記憶ができなくて、データ入力に時間がかかるようになり、仕事を効率的にできなくなり、2000年3月にダウンする。その後2年間休職しました。 2002年8月に、事務職はむりだといわれ、配送係とした復職しました。 2003年3月に民間援助団体(日本国際飢餓対策機構)を通じて援助している子供に会いにバングラディシュに旅行するが、途中のタイ国際空港で迷うが偶然同じツアーの人と出会いことなきをえる。この時すでに、空間認知能力に障害をもつようになる。 2005年東京都庁で引取りにいき帰りに出口を間違い、30分ぐらい車をさがす。 納品の帰り、車の場所がわからなくなることが複数回あり。 マンションに品物を届けにいたとき、正しく届けたかどうか確信がなくなる。 納品先に台車を忘れるようになる。 納品場所を探すのに時間がかかるようになり、精神科医に相談すると、脳のCTをとるようにいわれて、脳に萎縮が見られ、認知症だと診断される。 認知症と告知された時は、頭がまっ白になり、何も考えらなくなり、仕事をする気力もなきなり、1日仕事をして、3か月の病気休暇をへて会社を退職しました。 認知症になって、不安いまいになり、これからどうして生活生活をしていったらよいか、生活の指針の情報がほしかった。 今は、認知症を受け入れ、それなりに安定した生活をおくています。 3認知症になってこまったこと  1)方向感覚がうしなわれ、新しい場所に一人で行くことができない。 2)外出するとき、携帯電話、財布をよく忘れる。 3)財布にお金を補給するのを忘れないように常に、財布の中身をきにしている。 4) 外出するとき、部屋の鍵をかけでたのかわからなくなり、確認にもどることが多くなった。 5) 無意識でできていたことが、意識しないとできなくなった。 6) 意識して、信号に注意していないと、赤信号でも道路を横断するようになりました。 7) 電車にのっているとき、常に次の駅をきにしていないと乗り越してしまう。 8) 多くの情報の中から、自分に今必要な情報を取り出すのに、時間がかかるようになった。 9)新しい場所は2・3回いったところでも最寄駅をおぼえていない。 10)食事の前にインシュリンをよくうち忘れる 11).カバンやコートをよく忘れる。 12.)ホテル内でトイレにいってもどれなかったことがあった(2009年3月) 13.)切符をどこのポケットにいれたのかわからなくなり、よくなくす。 14.)予定を覚えることができなくなった。 15.)時間感覚がなくなり、外出するときは、30分前に目覚まし時計をセットしないと、約束の時間におくれてしまう。 16.)昨日、どう過ごしたのかわからなくなり、記憶の連続性がなく、不安になる。 17)何回同じ店にいっても、商品の配列がおぼえられない。 18.)銀行に記帳に行くが、おろした記憶がない項目がある。 19).買い物リストをもっていても、買い忘れたり、すでに買い置きあるのにまた買ってくることもある。 20).整理整頓ができなく、新たに買ってきた、本やCDをすぐに無くす。 21).薬を定位置に置かないと、無くしてしまう。糖尿病の薬を無くす。 22).毎週会っている、教会員の名前がでてこないこともある。 23))電話やメールをするとき、相手の顔は思い浮かぶが名前がでてこないこともある。 24.)当時に2つのことができない。テレビを見ながら、お湯はりをしていると、風呂のお湯張りをしているのを忘れてしまう。 25)新しいことが、覚えられない。大きなポスターがうまく、折ることができない。 26)ガスコンロに火をつけているとき、視界からコンロが見えなくなると、火をつけていることを忘れてしまう。 27)持続力、集中力、がない。何もやる、気力が起きないことが多い。 28)映画を観にいても、ストーリをわからなく面白くない。 29)意識が飛んでいることがある。(知らないうちに時間がすぎている) 4.最後に 認知症になると、できなくなることも多いが残された機能も多い。残される機能は、人によって、非常にことなる。 自分の気持ち感情を言葉に表せず、暴力を振るう人もいるが、全部の認知症の人が周辺症状と呼ばれる症状があらわれるのでない。 人間の価値を有用性だけで価値がきまるのでなく、人間は自分で生きているのではなく、神様によっていかされているので、自分は認知症になって無価値の存在だと卑下したりするひつようはない。 失われた機能に目を向けるのでわなく、残された機能に目をおむけて生きることが大切である。 毎週教会に通い、礼拝に出席して心の平安を得ていますので、将来への不安はありません。 私は、認知症になって不便なことはふえたが、決して不幸ではない。 次の聖書のことばを信じて試練をのりこえてきました。 あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。                  コリント人への手紙 第一 10章13節 以上

認知症になって思うこと

1. 残され機能に目を向けましょう。 私は発病当初、薬を飲み忘れたとか、本を読む気がしないとかマイナスの面ばかり記録していて、ますます気が滅入り体調をくずしてしました。この経験からマイナスの面には目をつむり、現在出来ることに目をむけて、前向きに生きることが大切であることを学びました。 2. 認知症になったからといって、自分の価値がなくなるわけではない。   認知症になると、今まで出来ていたことが出来なくなったり、いままで無意識に出来ていたことが意識しないと出来なくなり、不便なことが増えますが、その人の価値がなくなったわけではないので、自分は生きている価値がないと悩む必要はありません。人間の価値はその人の有用性できまるのではない。世間では仕事が速く出来ることで、その人の価値が決まる風潮がりますが、本当はそうではないということに、早く気がつくこが、大切です。 3. 病気の進行を遅くするためには。   自分の過去を振り返り、自分の好きであったことがなんであるかをみつけだし、好きなことをすることが、充実した人生を送ることになり、結果的に病気の進行を遅くすることにつながります。 自分は認知症で何もできない、おっくうで何もしたくないと思い何もしないと脳が早く老化して、病状が早くすすみます。例えば洗濯物をたたむことはできなくても、洗濯物を取り込みだけをするなど、自分のできることをしましょう。 4. 人生を楽しむには、どうしたらよいか、まわりの援助(助言)をうけ、なにかをはじめてみると案外、自分がたのしめることが見つかるかもしれません。いつまでも希望を持ちましょう。私は絵を描くことも、歌うことも得意ではなかったのですが、良い指導者を得て、歌うことも,絵を描くことも好きになりました。人と比べないでマイペースで生活しましょう。