認知症への偏見

2005 年。「あなたはアルツハイマー型認知症です。」と医師から言われた時、私は頭が真っ白になり、質問することすらできませんでした。

その後私は「アルツハイマー」に関する本を片っ端勉から勉強しました。でも、知識が増えるごとに、私は打ちのめされていきました。なぜなら、どの本にも絶望への道筋しか記されていなかったからです。それは、認知症になると、「考えることができなくなる」「日常生活ができなくなる」いずれ、「自分自身のことが分からなくなる」「意志も感情もなくなる」というものでした。

今、私は、それらの本に書かれていたことが真実でないことを知っています。「できる、できない」だけで人間を語ることはできません。自分が自分であることはなにによっても失われることは、ありません。自分がどのように生きていくのかは、自分で決め、自分の生活は自分で作ることができます。

認知症と生きる私は、二つの偏見を知りました。一つはに自分の中にありました。私自身、何もできなくなってしまう」という偏見(先入観)にとらわれ、「失敗ばかり、するのではないか」という、不安に、身動きが取れなくなりました。

もう一つは、社会にあります。
認知症なると「考えることができなくなる」否、
「何もわからなくなる」否、
社会が持つ認知症への偏見(先入観)それによって生まれる自の中の偏見。
これらの2重の偏見は、認知症とともに生きようとする認知症当事者の力を奪い、認知症当事者の生きる希望を覆い隠すものです。

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