北海道新聞にのりました

私の記事が北海道新聞にのりました。(2016年1月30日土曜日 北海道新聞)

認知症当事者として発言を続ける 佐藤雅彦さん

2016年1月北海道

社会と自分の中にある「二重の偏見」が生きる力を奪う。

認知症になっても希望と尊厳こもって生きる。そんな思いを胸に、当事者が声を上げている。埼玉県在住の佐藤雅彦さん(61)若年性認知症と診断され10年間、消えてゆく記憶をIT機器を駆使して記録し、同じ立場の仲間とネットワークを築きながら当事者の思いを地域、そして国へ訴えてきた。「認知症になればなにもできなくなる」という偏見をなくすために。
報道センター編集委員 チョン氏

できることがある。そこに目を向け,諦めず前むきに

昨年末自身のホームページ(HP)を立ち上げるなど、IT機器の活用に積極てきですね。

「システムエンジニだったので以前からパソコンを使用していましたが、タブレット端末などは認知症になってから。最初のころ、物忘れ対策でノートに毎日の行動に記録しようとしました。でも簡単な漢字さえ思い浮かばず、手書きがむつかしかった。それで、パソコンに、日記や予定を書くようになりました。画面に日付けが自動的に表示され、約束場所もすぐの確認できます。私にとってIT機器は外付けの記憶装置記憶障害、を補うためなくてはならないものです。

IT機器の操作はすべて自分で行うのですか。

最初の設定はすべて弟にたのみました。操作の方法も教えてもらいました。慣れたら情報入力は自分でできるようになりました。タブレット端末は指先一本で操作できるので簡単です。もし、IT機器に不慣れなまま認知症になったとしても、支えてくれる人さえいれば、使えるようになると思えます。

異変を感じてすぐに認知症と診断されましたか。

議事録が書けなくなるなど、かなりまえから異変はありました。病院の診断は「異常なし」でしたが体調がすぐれず、2000年から2年間休職。復帰後は商品の配送を任されましたが、配送先で道に迷うなど仕事の能率はさらに悪くなり、2005年10月にとアルツハイマー型認知症と診断されたのです。予想外で思考停止に陥りました。認知症の本をよみあさりましたが、「6年から10年で全介護状態」「自分が自でがなくなる」負の情報ばかり知識が増えるのにつれて、絶望感が大きくなり、2006年2月の会社を退職。

その後の状態は

私は独身で、川口のマンションに一人暮らしでした。1時岐阜の兄の家で静養しましたが、「これではいけないと」思いました。施設に入れば、外出に付き添いが必要になるし自由がなくなるので、06年夏、川口に戻って、一人暮らしを始めました。認知症にともなう生活上の困りごとに日々、直面しましたが、不自由の感じた体験を一つずつ書き出し、自分でできる工夫を考えました。例えば、買い物の際余分のものを買ってしますので、あらかじめ「買い物リスト」と「買ってはいけないものリスト」作って出かけました。こうした工夫は、私のホームページで「困りごととその対策」として紹介しています。同じ認知症の人に役立ててほしいのです。

佐藤さんのように、情報発信をする認知症当事者が少しずつ増えた印象があります。

当事者のニーズは当事者が誰よりもわかるし、当事者が発信しないと社会はかわりません。私は認知症当事者会の交流会に参加したくさんの仲間を得ました。苦しいのは自分だけでないと励まされます。14年には認知症当事者と作る組織「日本認知症ワーキングループ」を発足させました。全国から当事者の声を集め、内容を反映させた政策提言を国や自治体に行うことが活動目的です。こんな当事者の動きは10年前には考えられないことです。大きな進展ですね。まだまだです。認知症当事者の集まりは、今も集まりがわるい。本人が行きたいと思って家族が「認知症のことは、近所にも兄弟にも話していないし、あえて言うは必要がない」と反対するケースが依然とした多いです。

家族がそういうのはどうしてでしょう。

認知症なんだから責任のある行動がとれない、一人で外出したらどうなるんだ、という思いあるのでしょう。私も講演で活動を紹介すると、「あなた本当は認知症ではないのでは」と言われることがあります。とくに介護に追われる家族の方。「私は認知症をよく知っている。だから、自分の意見が言えたり、ましてパソコンが使えたりなんてありえない」と言われる。これは偏見です。

そういわれるとどう感じますか。

傷つきますし、偏見をなくすのは本当に難しいと思わせられます。認知症になって、私は二重の偏見があることに気が付きました。一つは社会にもう一つは自分の中にあります。「認知症になると何もできなくなる」という社会の偏見は当事者も信じ込ませてしまいます。実際私も、もう駄目だと思い会社をやめました。この二重の偏見は当事者の生きる力を奪ってしまうのです。

そんな社会や家族、そして当事者に訴えたいことは。

認知症になって確かにできなくなることはあります。しかし、できることも残されています。本人も周囲の人もそこに目を向けてほしい。周囲には、認知症当事者が前向きに生きていけるような、サポートを期待したい。家族ならば毎朝、新聞を郵便ポストにとりに行くなど、簡単のことでいいので本人役割を持たせ、生き生きと生活してもらうこと。それが家族介護の負担を軽減する近道になると思います。仕事を簡単な内容に切り替えれば、認知症になっても働き続けることができることを、企業も理解。してほしい今後の活動予定は今月、認知症とともに歩む本人の会を発足させました。地域でどんな社会参加できるのかを考えていく場にしていくつもりです。認知症になったひとには、「勇気をもって、自分の感じていることをまわりの人に伝えていきましょう」と訴えています。認知症になっても人生をあきらめないでほしい、私も諦めません。

困りごととその対策

・外出時に携帯電話、財布、障害者手帳をよく忘れる対策 おでかけグッズを1か所のまとめておく。
・短時間に買い物ができない考え方 効率的に買い物をしようとする考えを捨てる。時間をかけて楽しむ
・予定意を入れすぎて疲れる対策 1日1件しか予定をいれない。 ・電車で移動時に常に駅をきにしていないと、乗り越してしますので疲れる対策 目的地の到着時刻を調べ、携帯電話のアラームを設定する。
・ゴミ出しの日がわからない。対策 ゴミ出しの日に携帯電話のアラームを設定する。
・電話した相手から折り返し電話が来て用件わからない。対策 重要な案件はメールでやり取りする
・テレビのリモコンをなくす考え方 探すのをやめ、出てくるまで待つ。
・今日が何曜日かわからず,休館日の図書館に行く。考え方 散歩だと割り切る。
・眠れない日が続く考え方 無理に寝ようとせず、好きなことをしてすごす。

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