今年も残す所あと3週間あまりになりました。
これからが、冬本番夫々各自ご自愛下さい。
今日障害者の支援されている方による、障害者が作られた商品などを、公開して販売し、支援しようと言う催しが有りました。県内いろんな所施設なりで活動されている事を知り、我々認知症と言う障害があっても活動して,皆さんより元気を貰ったり、たまには上げたりして活動の輪を広げれれば素晴らしい事だと思いました。(会場で同時開催のクリスマスフェア?でフィンランドラップランドからほんまもんのサンタクロースさんが来て、子供たちと楽しんでました。)
まずは就労に結び付かなくても、ワイワイガヤガヤして何か活動できる場を作り、少しづつでも皆が楽しく意見を交換して、お互いを励ましあう事が、出来るようになれば良いなと思います。皆さんの実践報告・アイディア知りたいですね。本日はこれにて閉店させて頂きます。
障害者手帳に身体、知的、障害の区別があることをご存知ですかい。身体障害者手帳を持ている人は、JRの長距離割引制度が適用されますが、精神障害者手帳をもつものには、JRの割引がない、これっておかしい(不平等)です。
私は、今年の5月に不眠症になり、自分で自分がコントロールできなくなったらどうしようかとゆう不安に襲われました。主治医に睡眠薬をだしてもらい、それ以上わるくなりませんでした。人生を送るなかで、不安はたくさんありますが、最悪の事態にはめったに起こりません。いつも最悪ことばかり考えていると、こころが沈みうつ状態になるので最悪の状態になるとは限らないと考えましょう。最悪の状態になったときに、そのときにどうするかを考えればよいのです。手ににおえないときは成り行きにまかせましょう。取り越し苦労はやめましょう。どうしても不安なときは、次の聖書のことばを読み上げて、神にいのりましょう。思い煩うことは人生の浪費です。
あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。
コリント人への手紙第一10章13節
あなたがたの思い煩いを、いつさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。
ペテロの手紙 第一 5章7節
認知症になると、新しいことは始められないと、考えがちですがこれは誤りです。思いついたものはダメとかできないと思わず、まずはじめてみましょう。つとまらないと思ったらストレスがたまらないうちに、止めましょう。まず何かを始めましょう。私は、習字と第九の合唱と聖歌隊の合唱を認知症になってから始めました。習字は字の書きじゅんが覚えられなくすぐに止めました。第九の合唱も楽譜がよめなく歌詞がドイツ語のため挫折しましたが、聖歌隊の練習は3年目にはいりますが今も続いています。新しいことではなく、女性なら(これはなにも女性とは限りません男性でかまいませんが)週に1回ご飯をたくとか、洗濯ものをたたむとか負担にならない程度に、自分のできることを始めましょう。
自分に役割があると生活に張りがでてきます。自分に役割がなにもないと、生活に張りがなく充実した人生がおくれません。
私は朝パソコンを立ちあげるためのパスワード(年齢をわすれないために、西暦での生まれた年を使用している)を入力して、今日が何月何日で何曜日か確認する。(認知症が進み曜日、日にちがまったくわからない。)その後、EXCELを開き,起床時刻入力する。
それから、メール管理ソフトOUTLOOKを開き、その日のスケジュールを確認して、新着メールが来ていない確認する。返事が必要なメールには返信メールをだす。パソコンより曜日ごとに決めてある音楽をながして今日が何曜日のすりこみをする。
エクセルを使い起床時刻、就寝時刻、睡眠時間を入力している。
日中はノートパソコンを図書館に持ち込みDVDを見る。
寝るときは、WORDでその日に起ったことを日記に書き、EXCELを開き、就寝時刻を入力して、メール管理ソフトを開き明日の予定と新着メールを確認して眠る。
このほか、家計簿もEXCELを使用して、つけています。
認知症になると、自分の必要の刺激(情報)とそうでない刺激(情報)を取捨選択して、必要でない刺激(情報)を無視するフィルター機能が障害をうけ、常に強い刺激にさらされ、外出すると家にいるときに比べて刺激(情報)が多すぎてストレスがたまるので疲れると考えられます。私の場合、うるさい音をカットするフィルター機能(必要でない音に、いいちいち反応しない)に障害があり騒音が、ストレスの原因になり気分が悪くなり非常に疲れます。
認知症になると、できなくなったことばかりにめがとまり、まだできることに注目されません。
できなくなったことを嘆くのではなくまだできることに目をむけ、前向きに生きましょう。
アルツハイマー病は、記憶の全体をわすれ、忘れたことの自覚がなく、進行するから判断力がなくなる怖い病気だといわれていますが本当にそうでしょうか。
僕の場合、毎日その日の行動をパソコンに記録をとっていますので、忘れた記憶は日々自覚しています。
昨日もある集会に出席して、帰るとき自分のくつがわからなくなりました。幸い受付の人が覚えていて、靴をだしてくれました。記憶障害は確かに進行していますが、事情を話し普通の人は自分で管理することを、他人に手助けしてもらえばいいのではないでしょうか。
また、身内の顔をわすれても、前もって「親族の顔をわすれても、親族が自分を覚えているから大丈夫」といいきかせておけば不安になることも少なくなると思います。
予想されるトラブルの解決策、または不安にならなくするにはどのような心構えでいるかを、パソコンに入力していけば不安は少なくなると思います。
世間でいわれているように、アルツハイマー病は本当に怖い病気でしょうか
私はそんなに怖い病気だとは思っていません
人間の価値は有用性で決まるものではありません。たとえ働けなくなっても、たとえなにもできなくなっても、あなたは高価でたいといいのです。これは、聖書の言葉です。
「私(神)の目には、あなたは高価で尊い」
イザヤ書43章4節
認知症になって、なにもできなくなってもあなたは高価で尊い存在なのです。
本の中の本、世界の隠れたベストセラーのゆうことですから、信頼がおけます。
もし、あなたが家族の世話になるだけの存在でも、自分は高価で尊い存在だと自分に言い聞かせましょう。そうすれば楽に生きていけますよ。
後は、なかなかできないことですが、すべてを神にゆだねて、余分な心配はしない、心配事はすべて、神様が解決してくださると信じることです。
日々感謝を持ってすごせる人が幸せな人です
最近韓国ドラマをビデオでみています。ドラマの大富豪の主人公が「幸せってなんだろう」とゆう場面がありました。普通富と名誉があれば幸せだとかんがえられていますが、本当でそうでしゃか。確かに富があれば、豊かな生活ができますが、それで幸せでしょうか。感謝をもって日々を送ることができなければ、幸せではないでしょう。感謝をもって生きるとゆうことは、いまもっているもので満足して、他人をうらやまなく、足りることを知ることです。
私は、認知症ですが日々いかされていることに感謝できることができ、幸せな毎日をおくっています。みなさんも、何かに感謝することをはじめてもませんか。感謝するこころを持つと、きっと幸せな気分になりますよ。
入院していない人は入院しなくてもよいことを感謝しましょう、入院しているひとは、人口呼吸器につながれていないことに感謝しましょう。
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