まさ

まささんによるブログ記事

まささんのプロフィール
1954年岐阜県生まれ。2005年に認知症と診断される。男性。元システムエンジニア。

認知症になっても主体的にいきるとは

認知症になっても主体的に生きるには、周りからそんなことが自分で考えられるなら認知症でないと言われても気にせずに、自分の意見を堂々と述べることです。また、自分のできないことは、恥ずかしがらずに、人に手を借りることをためらわないことです。いつも 主体的に生きるにはどうしたらよいかと、考え続ける必要があります。そのためには、思いついたことを書きとめる習慣をつける必要があります。みなさんも主体的に生きるとは、どんな生活を営むかを考えてみませんか。

生きている実感するとき

美しい庭園をみたり、興味のある本を読んだり、おいしいものを食べたりするときにも感じます。 温泉に行ったり、旅行などしなくても、日々小さな身の回りのことに興味をもつことで生きていると感じます。 私は、荒川土手の、春は菜の花、秋はコスモスが咲いているのを見るのが好きです、美しい花を見ていると、「生きている」と実感します。 小さな目標を立てて、それをやりとげたときの充実感、満足感を感じたときに「生きている」と感じます。 旧約聖書1500ページを1カ月で読み終えたとき、充実感・満足感を得て生きていると感じました。 私の今年の目標は、毎日聖書を20ページ読み、1日7000歩、歩くことです。 ・楽しみ  旅行、演劇鑑賞、外食、美しい花を見ること、具体的には、新宿御苑や深大寺植物園を訪問して、バラをみること。春は新宿御苑の桜見物。絵画を鑑賞したり、描いたりすること。

大切にしていること

・大切にしていること  人間の価値は、これができる、あれができると言う有用性で決まるのでなく、神様が作られた作品であるので、何にもできなくとも、尊い存在だと自覚すること。  いつも、否定的に考えるのではなく、常に前向きに考え行動すること。   失った能力を嘆いたり数えるのではなく、常に残された機能に目を向け感謝して生きること。 神様はいつも最善のことをして下さると、確信して、イエス・キリストの名によって、祈り求めること。  美しい物を見て、美しいと感じるこころ、いつも何事にも、興味を失わないこと。  次の聖書のことば、  あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えることのできないような試練に会わせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。       新約聖書  コリント人への手紙 第一 10章13節

携帯電話変えました。

携帯電話ドコモのらくらくホン7にかえました。 らくらくホン7を実際に使用して、便利だと感じた感想を述べます。 1. 使っていて一番便利だと思った機能 1)目覚まし機能(目覚ましが5個設定できる) 目覚まし設定に題名を設定できること。 設定には次のよう設定しています。 食事前注射10単(全角7文字しか設定できない) 意味 糖尿病を患っているが、食事にニインシュリン注射を分量10単位を打つことをしめしています。 この機能があることで、インシュリン注射を打ち忘れることがかなり少なくなりました。   2)メモ機能   簡単にメモ登録でき便利である。   必要でなくなったメモを簡単に削除できるところがよい。 3)今日の歩数   今日の歩数がいつも待ち受け画面と背面画面に表示されるのが便利である。 4)スケジュール機能   スケジュールが指定した時間と、指定前に時間にアラームが設定でき便利である。   特に、繰り返し設定が便利であった。 5)電話をかけるとき、ワンッタチで登録されているのが3個まで表示されるのが嬉しい。 (2 実際に使ってみた全体の感想。   文字も大きくて[最初は文字が大きすぎて違和感を持ったが、慣れてくると違和感はなくたった]、見やすく操作も思っていたほど難しくなく、慣れてくると非常に使い易い、非常に満足している。

人生の意味

私は配送途中で地図を見て、配送先商品を届けた後、車に戻るに道わからなくなったり、電話番号が短期記憶できなくなり固定電話からの電話がスムーズにできなくなり、精神科を受診して、認知症と診断されました。     認知症と診断されてかろ、記憶に障害が起きることがわっかていましので、毎日の自分の行動をノートに記録をとるようになりました。マイナスの記録ばかり記録するようになり、不安が不安をよび体調くずしました。 自分で自分がコントロールできなくなりました。     このような試練をくぐったのち、神様にすべてを委ねることができるようになりました。     しばらくたったのち、この試練で自分の人格が成長していることに気がつきました。     人生の意味とは     試練に会い、人格を磨くために生かされているということだと学びました。 私たちは、神様に生かされているので、自分勝手に生きているのではなく、神様を礼拝するように作られている。神様にそむいて、自分勝手に生きることは罪であると考えるようになりました。

無気力感からの脱出

長い間、無気力、無力感で、生活に張りがありませんでしたが、1日聖書20ページを読み、1日7000歩、歩く目標を立ってそれを実行したら、生活に張りがでてきました。 みなさんも、ささやかな目標を立てて、それお実行して、充実感、満足感を味わってみませんか。

謹賀新年

明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします。 どう生きるか 認知症になると、できなくなることも多いが残された機能も多い。残される機能は、人によって、非常に異なります。 自分の気持ち感情を言葉に表せず、暴力を振るう人もいますが、全部の認知症の人が周辺症状と呼ばれる症状が現れるのではありません。 人間の価値を有用性だけで価値がきまるのでなく、人間は自分で生きているのではなく、神様によっていかされているので、自分は認知症になって無価値の存在だと卑下したりする必要はありません。 失われた機能に目を向けるのではなく、残された機能に目をむけて生きることが大切である。 私は毎週教会に通い、礼拝に出席して心の平安を得ていますので、将来への不安はありません。 私は、認知症になって不便なことは増えましたが、決して不幸ではありません。 次の聖書のことばを信じて試練をのりこえてきました。 あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えることのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。                  コリント人への手紙 第一 10章13節

介護職に伝えたいこと望むことはなにか。

1)認知症の症状がかなり進んでも、認知症本人には何もわからない人と考えないでほしい。 言葉で自分の状態を表現できなくともその人の顔の表情や態度から、その人の快,不快を読み取れ、生活支援ができる人であってほしい。 2)自分の気持ちや感情を言葉に表せず、暴力を振るう人もいるが、すべての認知症の人が周辺症状と呼ばれる症状があらわれるのでないことを心にとめてほしい。 ・適切な介護をすれば、笑顔で暮せるようになる。 ・周辺症状は認知症本人からの訴えであるので、本人の声に耳を傾けてほしい。 言葉でうまく伝えられない人もいるので、顔つきで判断してもらいたい。 ・周辺症状には必ず原因があるので、それを見極めてから支援又は介護してもらいたい。 ・周辺症状が出たときには、どんな状況で起きたのかを記録しておき、できるだけおきないような環境を保つように努力をしてもらいたい。 ・周辺症状を問題行動ととらえるのではなく認知症本人が今受けているサービスへの不満の意思表示と受けとめてほしい。   3)認知症になると、できなくなることも多いが残された機能も多い。 残される機能は、人によって非常に異なる。 ・できないことばかりに目を向けるのでなく、できることを見つけて、認知症本人が自信を持って生きるように助言してもらいたい。 ・認知症本人のできないことではなくできることを見つけて、張り合いのある生活を支援することが仕事であると自覚してもらいたい。 ・できることとできないことをしっかり見抜き、できることまで支援しない配慮をもってほしい。 ・認知症にはいろいろなステージがあり、日によっては同じことでもできるときとできないときがある。本当にできないのか、意欲がないのかをみきわめてもらいたい。 気分が乗らないときは、無理をさせないでほしい。 4)介護を受ける人の生活歴を知り、これからもその人らしく生きていくために、月に1回ぐらいは認知症本人の話にじっくり耳をかた向け、何がしたいのか、どのように過ごしたいのかなど確認する時間をもってもらいたい。 5)毎日、認知症本人の名前を呼び挨拶をして、なじみの関係を作り、認知症本人から信頼される介護者になってもらいたい。マニュアル的な機械的な挨拶でなく、心のこもった挨拶をしてもいたい。 6)認知症本人を特別な人と考えず、特別な人間として接するのではなく、あくまでも人格のプライドも持っている一人の人として接してほしい。 7)認知症になっても人間的に劣ると考えない。 劣ると考えて接すると態度に現れ、認知症本人が不愉快に感ずることも起こる。 認知症になっても記憶障害は起こるが、感情障害は起こらない。 不快な感情の気持ちはいつまで残る。 認知症本人が不快な介護を受けていると感じると介護者と良好な関係が築けない。 8)情報を早めに伝えすぎると忘れてしまったり、不安になったりするので、ゆっくり、適切な時刻に知らせる。 9)本人が使い慣れた言葉で、わかりやすく話してほしい。認知症の人によっては、 早口や長い文章で話しかけられると聞き取れなかったり、言葉の意味を理解できないこともあるので、その人の症状にあった声かけ・話をしてほしい。 10)同じことを聞かれても、面倒くさがらない。 なぜ同じ話をするのか。例えば、忘れてしまって何度も聞くのか、不安で何度も確認しているのか、相手の気持ちになって考えてほしい。 11)古い認知症の先入観を捨てて、認知症本人にも必ず誇りがあり、誇りを傷つけない接しかたをしていただきたい。 12)愛(忍耐)を持って接してもらいたい。 愛とは 理解するー 愛とは相手の思い、心、痛み、願い、訴え、相手のすべてを理解しようとします。 思いやるー 愛は相手と同じ立場に立って、喜び、悲しみを共に感じようとします。 受け入れるー 愛は相手のありのままを受け入れようとします。 存在そのものを受け入れるのです。それも無条件です 犠牲を払うー 愛はいつも愛する者のために、犠牲を惜しみません。  

認知症の人が豊に生きがいがいをもって生きるために、地域はどう変わるべきか

認知症の人が生き生き豊かに暮らすには、介護の通所介護施設やグループホームや医療の通所リハビリ施設や病院などに閉じ込めるのではなく、地域に出て行き、買い物をしたり、外食をしたり、喫茶店でコーヒーを飲みながらおしゃべりをして、認知症になる前と変わらに暮らしができるのが望ましい。 そのためには、まず、認知症という病気を正しく理解してもらい、認知症になっても暮らしやすいやさしい社会であることが重要になります。例えばレジでお金を払うに時間がかかってもせかせるのでなく思いやりを持ちゆっくり待っていただきたい。 そのためには駅、スパーの支払窓口に高齢者、障害者、認知症本人の優先窓口を設けてもらいたい。 スーパーでは立ち止まり何かを探しているようなときは、何かお困りですかと声をかけてもらいたい。 認知症の人の中には、自分の感情をコントロールする能力が低下して、不当な扱いを受けると(いやな言葉と感じる時)我慢することなく大声を出したり、つついたりすり人もなかにはいるが、全ての認知症の人とが、そうするはけではない。 私は、今は感情をコントロールでき、普通の人と同じようにふるまうことができます。 認知症の人は、何か言われても反応をするまで時間がかかってしまい、『言っても通じない』と誤解されやすいが、時間をかければ十分言葉を理解する能力を持っているので、早口でまくしたてるのではなく、ゆっくり、時間をかけて伝える必要がある。 また、言葉でうまく表現できないこともあるので、何が言いたいのか、何を話したいのかと相手の気持ちを考えながら耳を傾けてほしい。 認知症の人を特別な人とみるのではなく、物事を理解するのに時間かかる人だと認識する知識をもってもらいコミュニティの一員として受け入れられることが大切であります。

私の困りごと

1.毎日することがなく、生活に張りがない。 ①日によっては何もする気力が起こらない。 ②することがなく虚無感に襲われることもある。 ③テレビに興味がなくなり、何もせずにぼけーと過ごすこともある。 ④気力にむらがあり、読書も、パソコン入力もできないこともある。 2.方向や場所がわからなくなる。 ①よく利用する駅で、例えば新宿南口改札に行くにも、真ん中の車両に乗ると電車を降りてどちらの方向にむかって歩くいたらよいかわからなくなった。 ②よく利用する飲食店の場所が分からなくなった。 ③見知しらぬ飲食店では、トイレがどこにあるか分からなくて案内してもらうが、帰りも案内されなければ席に戻れないこともある。 ④行ったことのない駅では、改札口からどんなに近い場所でも、どちらに歩いたらよいかわからない。 3.記憶の障害 ①名前が覚えられない・思い出せない ・毎週会っている教会員の名前が出てこない。 ・新しくお会いした人の名前が覚えられない。 ②糖尿病を患っているが、インシュリンの管理では・・・ ・ 血糖値を測り忘れる。 ・インシュリンを打ち忘れる。 ・インシュリンの量を正しく設定したかどうか覚えていないので不安になる。 ・血糖値測定に使う針を新しい針に取り換えたかどうか覚えていないので不安になる。  ③物を置いた場所を忘れる ・重要な書類をなくすことが多い。 ・実印をなくました。 ・郵便物をどこに置いたかわからなくなる。 ・1日のうち何度か携帯電話をどこに置いたかわからなくなり探し回る。 ・腕時計、名刺入れ、携帯電話、財布などを定位置に置くことができず、探すのに時間がかかり、約束の時間に遅れることもありました。 ④ ガスを使用している時にガスコンロが視界から消えると、ガスを使用していることを忘れてしまう。 ⑤ テレビをみながら風呂のお湯はりをしていると、お湯はりをしていることを忘れてしまう。 ⑥ 予定を覚えていることが出来ず、ダブルで予定をいれることがある。 ⑦外出時のトラブル ・財布をどこにしまったかが分からなくなる。 ・軽井沢に行ったときは、特急券をどこにしまったかわからなくなった。 ・よく行く場所でも周りをよく注意していないと、通り過ぎてしまう。 ・大宮から軽井沢に行く場合、長野行きと新潟行き新幹線が同じホームより出発するが、構内アナウンスを聞いてもすぐに忘れるので、乗ってから不安になった。 ⑧パソコン使用時 ・メールの書き方がおかしい。普通は挨拶文から始めるのだが、いきなり要件を書いている。 ・ワードで変換された文字が正しいかどうかわからない。 ⑨音がうるさく感じられることが多い。 以上のことが困るできごとと、生活にはりを感じられなくなる事柄です。

人がいきいきと生きていくためには

いきいきと生きるためには、衣食住が足りているだけでは十分でなはありません。 やはり社会の一員として、何かの役割をもちたい。 認知症になっても、仕事を持って働きたい、働いたからには、少しでもいいから賃金をもらいたく、自分にもできることがまだあると自信をもちたい。 賃金はもらえなくとも、駅,公園の清掃のボランティアなど、人の役ににたてることを通してして人は自分の存在理由をたしかめたいものです。 認知症になっても、できることをして存在理由を確かめながら生きるていきたい気持ちは、普通の人より人一倍つよいです。 これからは、重度の人の介護だけてなく、軽度の認知症のひとが、いかに楽しく生活できるかを、どのように生活支援をしていくかが、今後の課題です。   社会の一員と認められたく、仕事がしたい。   アートセラピーで絵を描きたい。   沖縄旅行がしたい。   スポーツが好きな人は家の外に出て、スポーツがしたい。   演劇や、コンサートにいきたい。

こんな施設にははいりたくない

次のような態度、行動をする職員のいる施設には入りたくない。 Ⅰ.ごまかしたり、うそをついたりする 2.時間がないという理由で認知症本人ができることを代わりにやってしまい、認知症本人のやれる能力を奪う。 3.幼い子供程度の能力や経験しかないように扱う。 4.きちんとした人間でないというレッテルを貼る 5.責めたり、何をやった、やらなかったという非難をあびせる。 6.本当に理解できるように、ゆっくり話したり単純な話し方をしない。 7.何か認められないことをしたからという理由で、仲間外れにしたり追いやったりする・ 8.気持ちを無視したり、真剣にうけとらない。 9.権力や脅しで心配させたり、不安にさせる。 10.生きた、感情のある人ではなく、物や動物のように扱う 11.頼んだことを、無視してやらない。 12 認知症の人の話を真剣に聞かない。

自己紹介

最近はじめてこのブログをみてくださった方のために、再度自己紹介をのせます。認知症と診断されても、初期であればチョットの手助けで普通に暮らせます、希望を持ちましょう まさ 関東在住、1954年岐阜県に生まれ57歳です。大学の数学科を卒業して、中学校の数学の教員をへてコンピュいーター会社に就職、27歳のとき別のコンピューター販売会社に転職してシステムエンジニアとして活躍する。     昭和61年マンションを購入、133戸のマンション管理組合の理事長に就任、マンション管理会社がでたらめな管理をしているのが、発覚したので、マンション管理組合臨時総会を開き、管理会社を変更する。管理組合の活動と会社の労働組合の活動、本来のシステムエンジニアの仕事で多忙をきわめ、突発難聴で1週間聴入院になり社内システムの開発事業に配置転換後事務職に配置転換される。  配置転換後仕事にやりがいを失い、「人生の目的をもとめ」教会にかよいはじめるようになり 94年に洗礼をうけクリスチャンになりました。 認知症と診断されるまでの経緯 99年ごろから課内会議の議事録がかけなくなる。99年ごろ同時に二つに仕ができなくなった。具体的には、1時間おきに倉庫に注文書をFAXする仕事と同時にパソコンに向かい、パソコン、FAX,ワープロの発注データ入力がしていたが、FAX送信が定時のおくれなくなりました。 1999年3月に体の異変を気づき頭部MRIをとるが、当時は異常なしと判断されたが、2005年に別の病院で見てもらうと、このときすでに脳に萎縮がみられる96年ごろより、脳の萎縮がはじまったのではないかといわれる。 入力データの一次記憶ができなくて、データ入力に時間がかかるようになり、仕事を効率的にできなくなり、2000年3月にダウンする。その後2年間休職しました。 2002年8月に、事務職はむりだといわれ、配送係とした復職しました。 マンションに品物を届けにいたとき、正しい部屋に商品を届けたかどうか確信がなくなる。 納品先に台車を忘れるようになる。 納品場所を探すのに時間がかかるようになり、精神科医に相談すると、脳のCTをとるようにいわれて、脳に萎縮が見られ、認知症だと診断される. 困っていること 1. 毎日することがなく生活にはりがない。(何もする気力が起こらない) 2. よく利用する駅で、例えば南口改札に行くにも、電車を降りてどちらの方向にむかって歩くいたらよいかわからなくなった。 .3. よく利用する飲食店の場所が分からなくなった。 4. 未しらぬ飲食店で、トイレがどこにあるか分からなく、案内されてもらっても、帰りも案内されなければ、席に戻れないこともある。 5. 糖尿病を患っているが、インシュリンを打ち忘れたり、血糖値を測り忘れる。 6. 行ったことのない駅では改札口よりどんなに近くても、どちらに歩いたらよいかわからない。 7. 一日のうち何度か携帯電話をどこに置いたか、わからなくなり探し回る。 8. 毎週会っている教会員の名前が出てこないので困っている。 9. 新しくお会いした人の名前が覚えられなく困っている。 10. 軽井沢に行ったとき、特急券をどこにしまったかわからなくなる。 11. 郵便物をどこに置いたか、わからなくなる。 12. 実印をなくす。 13. ガスを使用している時、ガスコンロが視界から消えると、ガスを使用していることをわすれてします。 14. 時間感覚がなく、目覚まし時計を掛けないと礼拝におくれてしまう。 15. 大宮から軽井沢に行くとき、長野行き新潟行きが同じホームより出発するので、構内アナウンスをすぐに忘れるので、乗ってから行き先がわからないので不安になる。 16. ワードで文字変換されるが、変換された文字が正しいかどうかわからない。 17. 時計、名刺入れ、携帯電話、財布を定位置に置くことができず、探すに時間がかかり、約束の時間に遅れることもある。 18. テレビに興味がなくなり、何もせずにぼけーと過ごすことが多い 19. することがなく虚無感に襲われることが多い。 20. 重要な書類をなくすことが多い。 21. 外出時、財布をどこにしっまったかが分からなくなる 22. 毎週通うている教会でも周りをよく注意していないと、通り過ぎてしまう。 23. 音がうるさく感じられることが多い。 24. 予定を覚えていることが出来す、ダブルで予定をいれることがある。 25. テレビをみながら、風呂のお湯はりをしていると、お湯はりをしていることを忘れてしまう。 26. インシュリンの量を正しく設定したかどうか覚えていないので不安になる。 27. 血糖値測定に使う針を新い針に取り換えたかどうか覚えていないので不安になる   現在でもできること 1. )パソコンから外部スピーカをとりつけて音楽をきくことができる。 2. )CD音楽をパソコンに取り込むことができる。 3. )埼玉県立大学に一人で行き、アートセラピーで絵画を描き、陶芸作品を作ることができる。 4. )パソコンで行きたい、最寄り駅の乗り換えルート、到着時刻を調べることができる。 5. )神代植物公園、新宿御苑、旧古川庭園に一人で、行くことができ、園内で迷うことなく楽しむことができる  6)表計算ソフトエクセルを使い、家計簿、貯金の管理ができる。 7)ワードを使用して、文章をつくることができる。 8)携帯電話を使いこなすことができる。(写メールを送ることができる) 9)パソコンでメールができる。インターネットが使える。 最後に 認知症になると、できなくなることも多いが残された機能も多い。残される機能は、人によって、非常にことなる。 自分の気持ち感情を言葉に表せず、暴力を振るう人もいるが、全部の認知症の人が周辺症状と呼ばれる症状があらわれるのでない。 人間の価値を有用性だけで価値がきまるのでなく、人間は自分で生きているのではなく、神様によっていかされているので、自分は認知症になって無価値の存在だと卑下したりするひつようはない。 失われた機能に目を向けるのではなく、残された機能に目をおむけて生きることが大切である。 毎週教会に通い、礼拝に出席して心の平安を得ていますので、将来への不安はありません。 私は、認知症になって不便なことはふえたが、決して不幸ではありません。 次の聖書のことばを信じて試練をのりこえてきました。 あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。                  コリント人への手紙 第一 10章13節

こんなふうに接してもらいたい

1. 人間の価値を、何ができる、できないで判断してもらいたくない。認知症になって同じことを何かい聞いても、人間の価値がなくなるわけでなく、プライドもあるので馬鹿にしないでほしい。尊厳を持って接してもらいたい。 2. 言い方に注意してもらいたい。 トイレに入り電灯を消し忘れても、注意するように「トイレを使用したら電灯を消し忘れないように」と怒ったいいかをいっても電灯を消し忘れて注意されたことを忘れて、怒られた感情だけが残り、人間関係が悪くなるだけである。認知症は脳に障害を受けているので、注意してもトイレの電灯の消し忘れはなおらない。どうしても何か言いたい時は、「トイレを使用したら、電気代の節約のために電灯をけしてください」と笑顔で伝える。笑顔で接すれば、人間関係を損なうことがない。そんなことは小学生でもできるといういいかたはしないでほしい。 3. 言葉を理解して、行動に移るのに、時間がかかるのでせかさないで、余裕を持って接しもらいたい。 4. 何回おなじことを聞いてきても認知症本人にとっては、毎回始め聞く感じだからイライラせずに、同じ答えでもよいので、笑顔で接する。 5. 認知症本人ができることまで、先回りしてやってしまうと、できるのにやらせてくれないという不満がのこる。介護者がやれば短時間でできとも、時間かかっても本人にさせてもらいたい。できることと、できないことを適格に判断して出来ないことさりげなく、援助してもらいたい。出来ていとことまで支援すると、できないことが増えてくる。 6. 名前が覚えられなくとも、馬鹿にしないでほしい。

愛、その6つの内容

神様はあなたを愛しています。神様の愛とはどのような愛なのでしょうか。この「愛」ということばには、すくなくとも六つの内容が含まれています。 理解するー 愛とは相手の思い、心、痛み、願い、訴え、相手のすべてを理解しようとします。 思いやるー 愛は相手と同じ立場に立って、喜び、悲しみを共に感じようとします。 受け入れるー 愛は相手のありのままを受け入れようとします。        存在そのものを受け入れるのです。それも無条件で 諭すー 愛するがゆえに、戒め諭すのです。     愛しているからこそ、厳しくなることがあるのです。 最善を期待するー 愛はいつも相手の最善を期待します。          相手が失敗し挫折しても、いつも最善を願い、期待するのです。 犠牲を払うー 愛はいつも愛する者のために、犠牲を惜しみません。 ですから、人はこの愛を失くしては本当に人として生きていくことができません。愛なしには、人は前向きに生きていくことができません。 神は愛です。いま紹介したことの六つの内容の全てを含んでいるのです。私は40歳のとき、「イエス様があなたの罪のために十字架で死んでくださったのです」という牧師の語ることばに心が動かされました。イエスなんて自分とは無関係だと思っていた私が、自分のために、いのちを捨ててくださるほどの愛に、心打たれたのです。 あなたは、このいのちを捨てるほどの大きな愛に包まれています。 繰り返しますが、あなたはこの愛で愛されているのです。