生活上の不便さとその対策(1)

アルツハイマーが軽症のうちは、一人暮らしができることに目を向けて、不便さだけに目お向けないでください。そのための対策です。

○方向感覚が失われ、新しい場所に一人でいくことができなくなる。
新しい場所の風景が記憶できなく、何回行っても毎回、初めての場所のように感じられる。病気が進行すると、自分の家のなかのトイレ位置もわからなくなる。
地図とコンパスを持って出かける。
案内人を事前に確保する。
○何回同じ店にいっても、店の商品の配列が覚えられない。
お店の人に遠慮せず、商品の場所を尋ねる。
効率的に買い物をしようとする、考えをすてる。
のんびり買い物をするように、気持ちに余裕をもち、時間をかけて買い物を楽しむことにこころがける。
○何も、する気力がなくなり、1日中ボーとしているときもある。
生きがいをなくし、無気力になり、一時的にうつ状態になることもある。
テレビもビデオも見る気力もなくなり、もちろん本も読む気力がなくなることもある。
新しい映像、CDは無意識のうちに、記憶しようとして、脳に負担になって疲れた。
好きなききなれた音楽CDをかけて、過ごすようにする
音楽もうけつけないときは、しずかなところで、なにもせずたのしいことをかんがえ、あせらず体調の回復するのを待つ(あえて何もしなく、ただ体調が回復するのを待つ、けっしてあせらず、いらいらしない、こんなときもあるのだと、受け入れる)
気分転換に旅行にいく。
生きている、生かされているだけで幸せであると考え、毎日を感謝して前向きに過ごす。
○体調のよいときと悪いときのさが、はげしすぎる。
できることと、できないことのさがはげしすぎる。(こんな簡単なこともできないのかと思うこともある)
○音にたいして非常にうるさく感じられ、疲れやすくなる。
音をまったくうけつけないこともある。
音がうるさくて、外食にでることもできなかった。
配食サービスを利用して、うるさいところに外出するのを控えた。
耳栓をして出かける。
風景のDVDを音を消して見て過ごす。
音を消しても楽しめる、映画のDVDを用意する。
写真集や絵本などを見て過ごす。
を用意しておく。私の場合は、新約聖書を読んで過ごしている。
○外出するとき、財布、携帯電話をよく忘れるようになる。
出かける時間に余裕をもち、必ず忘れものはない確認してからでかけるようにする。
あわてて、出かけないようにする。
○部屋の鍵をかけ忘れたのではないか、心配になることが多くなる。
鍵をかけたら、鍵がかかっているかを2,3回指差し確認して、鍵をかけたことを意識にのぼらせてから出かけるようにする。
○整理整頓ができなくなり、探し物をしている時間が多くなる。
しまい忘れがおおくなる。
外から帰ったら、部屋の鍵、財布、携帯電話を目の見える定位置に置く。
夏場はクーラーのリモコンを定位置にもどすことを常に心がける。
探しているものが、見つからなくてもあせらずそのままにしておく、後から思わぬところから出てくることが多い。
音楽CDをあちらこちらにおき整理がうまくできなく(どのCDにどんな曲がおさめられているのか覚えていられないので)、好きな音楽がすぐにきけなかった。
何回聞いてもあきないCDを選びだしておくこと。
音楽CDをパソコンに取り込み、好きな曲だけ聞けるように環境を整えた。
いらないものはおもいきって、処分する。(ものを多く持っていると、必要なものを探し出すのに、時間がかかる、私は、本、DVD、CDや書類をどこに置いたかわからなくなることが多い) 新しいものを買っても、整理ができなくすぐに見つけるけることができないので、余分なものは、買わないようにする。
請求書は目に付きやすいところに置き、すぐに支払いにいく。(請求書をしまい忘れて、電話など止められることもある)
必要な領収書は一箇所にまとめておく。
症状がすすむと、だれかが私のものをとったとゆう妄想をいだくようになる。
○探している間に、なにをさがしているのかが分からなくなることもある。
○予定(スケジュール)を覚えることができなくなる。
ダブって予定をいれたり、約束の日時や場所をまちがえたりする。
自分で旅の予定をたてても、予定をわすれてしまう。進行すると予定も立てられなくなる。
約束は、後から確認できるように、メールでやり取りする。
スケジュールをカレンダーにすべて、書き込むと予定を覚えるたり、認識したりすることができないので、記入カレンダーには特に重要な要件を1ヶ月最高でも3件までにする。
情報が多いと、必要な情報を選び出すことはできなくなり、メモがメモの役目をなさなくなる。メモは最小限度にとどめる。メモは1箇所だけにはり、毎日そこだけを注意して、終わったメモはすぐに破棄する。そうしないと認識できなくなる。
手帳だと、手帳をなくしてしまいパニックをおこすので、パソコン上でスケジュールを管理する。
人からあれおしなさい、これをすぐにしなさいと薦められると、本来のスケジュールを忘れてしまう。

現在の様子(2008年2月)

買い物リストを作成して持っていたにもかかわらず、買い忘れが発生するようになりました。 これからは、筆記用具をもって行き、買った商品は買い物リストより消していくように、しなければならなくなりました。同じ本を2冊も買うようになりました。最近買った本は購入リストを作り、書店にいくときは、蔵書リストとして持ち歩き、同じ本を買うのを防止しなければならなくなりました。 精神科デイケアーで絵手紙をはじめました。 アートセラピー教室に行って粘土で植木鉢をつくりましたが、その日の日記に書くとき今日粘土でつくった、「植木鉢」とう単語が頭に浮かんでこなくなりました。 日によって、体調の良いときと悪いときの差がはげしく、体調が悪いときは昼間まで起きられなく、なにも行う気力もなくテレビも見る気力もなくなりました。 書類、部屋の鍵をなくすことが多くなりました。アルツハイマーの病気は着実に進行していますが、私はクリスチャンで信仰があり神様がお許しになられたことだけが、起こると確信していますので将来への不安はありません。

クリスチャンになると死への恐れがなくなる

人生の最大の恐れはなんでしょう。それは死への恐怖です。 死ぬのが怖いとゆうのが、多くの人の感情です。 キリスト教では、私たちクリスチャンの国籍は天にあり死後天国にいけることが約束されています。この約束があるからこそ私たちクリスチャンは死を恐れず毎日を元気にいきることができます。私がアルツハイマー型認知症になっても、元気に暮らせるのは、このおかげです。 聖書では繰り返し、地上の人生を外国での一時的生活にたとえています。クリスチャンは、人生に対する考え方において、未信者と一線をかくしています。未信者は地上のことばかり考えているので心配がなくなりませんが、私たちクリスチャンは、イエス・キリストが住んでおられる天の国民であることを確信していますので、死を恐れません

本当の幸せとはなにか

最近思うことは、所得と幸福感は正比例しないとゆうことです。食べも満足に買えないほど貧しいときから、満足に食事が取れ、おいしいものを食べれるようになると、幸福感を感じますが、衣食住がある程度みたされれば、それ以上所得が増えて、以前のように幸福感を感じなくなります。所得がある程度を超えれば、お金では幸福感がえられないことに気がつきます。 ここで大切になるのは、足りを知り物事に感謝する心をもつことです。感謝する心をもち、自分の所得の一部を貧しい人のために使うことをすれば、幸福感を得られるのではないでしょうか。本当の幸せとは、他人に自分ものを分け与えることから始まります。一番の贅沢とはおいしいもを食べるのではなく、世界の貧しい人を経済的に援助することだと思います。 民間援助団体ワールド・ビジョン・ジャパンは次のアドレスでホームページからごらんになれます興味のあるかたはぜひご覧ください。 http://www.worldvision.jp/

映画「母べえ」を観てきました

舞台は昭和15(1940)年の東京。夫滋と二人の娘とつつましくも幸せにくらしていた野上佳代(吉永小百合)。 ある日突然、滋が治安維持法違反で検挙される。戦争反対を唱えることが罪だったこの時代、平和を願う信念をかえないかぎり、滋は自由の身に戻れない、滋の元教え子や山崎や、義理の妹久子、型破りの叔父、仙吉たちの優しさに助けられながら、一家を支えるために早朝から深夜まで奔走する佳代。しかし、年かわっても滋はかえらず、やがて日本はアメリカかとの戦いに突入する・・・・。 戦前のしかりした、母をみてきました。久しぶりに映画に夢中になったので観を終わたら非常に疲れて、集中力がなくなったことを感じて帰ってきました。

人間の価値はなんできまるのか

私たちの生きる目的がこの世の相対的価値観の中に置かれるなら、私たちは、人からよく見られることがなにをさしおいても一番の優先課題となります。人の評価、社会の評価こそが、人の価値となります。もしそうだとしたら、何と人の生涯は悲しいものでしょう。自分の心を隠して、人の評価に一喜一憂しながら過ごす人生です(今を旅するあなたへより)」 この相対的価値観のなかでは、認知症をわずらうものは、価値がないものになってしまいます。イザヤ書(聖書の一部)のなかに「私(神)の目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたをあいしている。」とあるように、相対価値ではない、聖書の価値観、人とくらべるのではなく、聖書の御言葉に支えられて生きること大切です。神の前には、あなたは高価で尊い存在であることをうけいれれば、あなたは人の評価が気にならなくなり、人の評価に左右されない豊かな人生を送ることができます。

お初です

今年も残す所あと3週間あまりになりました。 これからが、冬本番夫々各自ご自愛下さい。 今日障害者の支援されている方による、障害者が作られた商品などを、公開して販売し、支援しようと言う催しが有りました。県内いろんな所施設なりで活動されている事を知り、我々認知症と言う障害があっても活動して,皆さんより元気を貰ったり、たまには上げたりして活動の輪を広げれれば素晴らしい事だと思いました。(会場で同時開催のクリスマスフェア?でフィンランドラップランドからほんまもんのサンタクロースさんが来て、子供たちと楽しんでました。) まずは就労に結び付かなくても、ワイワイガヤガヤして何か活動できる場を作り、少しづつでも皆が楽しく意見を交換して、お互いを励ましあう事が、出来るようになれば良いなと思います。皆さんの実践報告・アイディア知りたいですね。本日はこれにて閉店させて頂きます。 uganda .

同じ障害者なのにJRの割引がない

障害者手帳に身体、知的、障害の区別があることをご存知ですかい。身体障害者手帳を持ている人は、JRの長距離割引制度が適用されますが、精神障害者手帳をもつものには、JRの割引がない、これっておかしい(不平等)です。

思い煩いをやめましょう

私は、今年の5月に不眠症になり、自分で自分がコントロールできなくなったらどうしようかとゆう不安に襲われました。主治医に睡眠薬をだしてもらい、それ以上わるくなりませんでした。人生を送るなかで、不安はたくさんありますが、最悪の事態にはめったに起こりません。いつも最悪ことばかり考えていると、こころが沈みうつ状態になるので最悪の状態になるとは限らないと考えましょう。最悪の状態になったときに、そのときにどうするかを考えればよいのです。手ににおえないときは成り行きにまかせましょう。取り越し苦労はやめましょう。どうしても不安なときは、次の聖書のことばを読み上げて、神にいのりましょう。思い煩うことは人生の浪費です。

あなたがたの会った試練はみな人の知らないようなものではありません。神は真実なかたですから、あなたがたを耐えるこのできないような試練にあわせるようなことはなさいません。むしろ、耐えることのできるように、試練とともに、脱出の道も備えてくださいます。

コリント人への手紙第一10章13節

あなたがたの思い煩いを、いつさい神にゆだねなさい。神があなたがたのことを心配してくださるからです。

ペテロの手紙 第一 5章7節

自分の可能性を信じてなにかを始めよう

認知症になると、新しいことは始められないと、考えがちですがこれは誤りです。思いついたものはダメとかできないと思わず、まずはじめてみましょう。つとまらないと思ったらストレスがたまらないうちに、止めましょう。まず何かを始めましょう。私は、習字と第九の合唱と聖歌隊の合唱を認知症になってから始めました。習字は字の書きじゅんが覚えられなくすぐに止めました。第九の合唱も楽譜がよめなく歌詞がドイツ語のため挫折しましたが、聖歌隊の練習は3年目にはいりますが今も続いています。新しいことではなく、女性なら(これはなにも女性とは限りません男性でかまいませんが)週に1回ご飯をたくとか、洗濯ものをたたむとか負担にならない程度に、自分のできることを始めましょう。 自分に役割があると生活に張りがでてきます。自分に役割がなにもないと、生活に張りがなく充実した人生がおくれません。